2013年7月3日水曜日

激突

 もはや西軍と東軍の合戦は勝敗が決まり、
新たに西軍と小早川隊の合戦が始まろうとし
ていた。
 三成が勝利を確信して、顔をほころばせた
その時、松尾山から小早川隊の大行列が、ゆっ
くりとふもとに降りて来るのが見えた。
 御輿に乗った大谷吉継の側で、目の代わり
をしていた湯浅五郎が叫んだ。
「ああっ、動いた」
 戦場で動こうとしなかった諸大名も、松尾
山から小早川隊が、大蛇のように蛇行して、
不気味にゆっくりと降りてくるのを凝視した。
 戦っていた将兵の中にも気づく者がいて一
瞬、動きが止まった。
 三成は目を見開き、ただ立ち尽くすだけだっ
た。
 小早川隊は松尾山のふもとに、秀秋の本隊、
稲葉、杉原、岩見、平岡の各小隊ごとに整列
して陣形を整えた。そして、稲葉の小隊が先
陣をきって走り出した。
 赤座直保、小川祐忠、脇坂安治、そして、
その側に陣取って、この直前に寝返ることを
家康に伝えた朽木元綱の四隊は、自分達が攻
撃されると思い、逃げ腰で後退りした。
 脇坂が狼狽して叫んだ。
「退け、あ、いや留まれ」
 吉継は湯浅五郎に秀秋の様子を聞くと苦笑
した。
(やはり攻めて来たか)
 吉継があらかじめ秀秋を説得すれば味方し
たかもしれないが、それでは家康に全ての計
画がばれてしまう恐れがあった。それで打ち
明けることができず、自らが家康に近づいて
いたことが、自分を慕う秀秋に影響したので
はないかと悔やんだ。しかし、こうなっては
全力で戦い、秀秋を退けるのみと心を鬼にし
た。
 先陣をきって正面から突撃する稲葉の小隊
に応戦する大谷隊が混じりあう。
 大谷隊の命を賭けた奮戦に対して、稲葉の
小隊は防戦した。
 大谷隊の将兵がうなる。
「ひるむな。突っ込め」
 稲葉が頃合いを見て合図した。
「さがれ、退却、退却」
 稲葉の小隊は、後込みしながら逃げる。
 それに勢いづいた大谷隊は、一斉に追いす
がった。 
 その頃、松野の別部隊は、森の木々に隠れ
て、大谷隊の背後に回りこもうとしていた。
 稲葉の小隊が引き下がったのを受けて、杉
原の小隊が押し出す。それを迎え撃つ大谷隊。
 しばらくすると杉原の小隊も弱腰で退いて
いく。その様子を聞いた吉継は秀秋の哀れを
感じた。
(兵の数に頼って正面攻撃をするなど、秀秋
はまだまだ未熟者であったか)
 岩見の小隊も反撃に加わるが、劣勢のまま
退く。それに代わって平岡の小隊が突っ込ん
でいった。そして、秀秋の本隊も後に続いて
攻めた。この時、秀秋は顔を守る面頬をあえ
て着けなかった。それは、自分の表情を見て、
これが策略だと大谷隊の誰かに気づいてほし
いと思ったからだ。しかし、死にもの狂いの
大谷隊の誰一人として策略に感づく者はいな
かった。
 家康は、命令を聞かず出陣した小早川隊の
攻撃の仕方に歯ぎしりをした。
「わしの命令も聞かず出陣しおって。その上、
何じゃあれは。なぜ総攻撃せんのじゃ。あー
あ、押されておるではないか。せっかくの手
柄をふいにしただけか。まあよい。これで少
しは豊臣の者どもを黙らせることができるわ
い」
 小早川隊は、一方的に大谷隊に追い回され
始めた。
 それでもなお、大谷隊は小早川隊を攻め続
け、赤座、小川、脇坂、朽木の部隊が背後に
なっていることに気がづかなかった。