2013年8月19日月曜日

秀頼脱出

 大坂城の城内にある台所の周りは、大野治
長の部隊が警護していた。
 台所の中には、通路を掘った時の土が残さ
れ、よく見なければ台所とは分からない荒れ
た状態になっていた。そこに、治長、淀、秀
頼と真田幸昌が入った。
 淀、秀頼は、すぐに上に着ていた物を脱ぎ、
町人のような姿になると、秀頼が、治長と幸
昌に話した。
「これで今生の別れじゃ。皆には何もしてや
れなんだ。幸昌の父も今頃、決死の戦いをし
ている。しかし、わしや母上は、その者らに
謝ることはせん。皆は天下の礎となるために
死に、その魂はわしや母上の中に生きている
からじゃ。必ずその魂を後世に引き継ぐ。こ
れがわしに天から与えられた使命じゃ。幸昌
には納得できんかもしれんが言うておきたかっ
た」
「上様、ご心配、ご無用にございます。この
幸昌も武士の子、武士の役割が終わったこと
は分かっております。私も若年ながら、武士
の端くれとして死ねる栄誉に間に合ったこと
をうれしく思います」
 治長が感心して、たまらず幸昌に声をかけ
た。
「よう言うた幸昌。それでこそ真田信繁の子、
いや、一人前の武士じゃ」
 秀頼は胸が熱くなった。
「これで生きていける。では、さらばじゃ」
 そう言うと、秀頼は通路に入って行った。
その後に続き、淀が通路に向かった。少し行
くと突然、立ち止まって振り返り話した。
「治長殿、幸昌殿、今日、この日が私たち母
子の命日。そなたらはいずれ極楽に昇り、私
たちは地獄に落ちる。二度と会えぬが、皆の
ことを思えば耐えられる。永遠に忘れません。
では行きます」
 治長が名残惜しそうに言った。
「淀様、お達者で。通路は埋め戻しますから
二度と戻れませぬぞ。振り向いてはなりませ
ぬぞ」
 淀は相槌を打って、通路に消えた。
 治長は頃合いをみて、兵卒らを呼び入れ、
通路を埋め戻させた。
 秀頼と淀は、狭い通路を抜け、以前からあっ
た坑道にたどり着くと、腰まで浸かるほどの
水が溜まっていた。そこを更に出口へ向かい、
水の中を潜って淀川に出た。
 淀川には、小さな荷船が停泊していた。
 秀頼と淀が水面に浮き上がってくると、船
上で待っていた人夫たちに引き上げられ、荷
物にまぎれた。
 荷船は、何事もなかったように海に出ると、
大きな帆船に向かった。

 大野治長と真田幸昌が台所から出ると、台
所頭の大角与左衛門がやって来ていた。
 治長が声をかけた。
「与左衛門殿、こっちじゃ」
 与左衛門は治長に気づいて、側に来て言っ
た。
「こちらは準備が整いました。そちらも終わっ
たようですな」
「ああ、こっちも無事に済んだ。ご苦労様」
「いよいよ、最後の総仕上げですな」
「問題は千の方様が言うことを聞いてくださ
るかじゃ」
 この頃には、前の戦で破壊された二の丸、
三の丸などはすぐに再建されていた。その二
の丸に、千は引きこもり、秀頼から離された
怒りを募らせていたのだ。
 与左衛門は苦笑して言った。
「とにかく二の丸から出ていただかないと、
台所に火が点けられませぬ。このままでは大
御所様に疑われますぞ」
 与左衛門は徳川方に寝返り、台所に火を点
けて、それを一斉攻撃の合図にする役目を担っ
ていたのだ。
「分かっておる。何とか説得しよう。幸昌殿
は山里曲輪の糒倉(ほしいぐら)に向かって
くだされ。中には与左衛門殿が仕込んだ火薬
があるから、私が行くまで誰も絶対に入れぬ
ように」
「はい、分かりました。では」
 幸昌は糒倉に向かい、治長は二の丸に向かっ
た。そして、与左衛門は台所に火を点ける準
備を始めた。