2013年8月27日火曜日

日光改葬

 天海は、家康の神号を権現としたことで主
導権を握り、突然、家康の遺骸を日光に改葬
することを秀忠に進言した。
「私は権現様が死の間際に『いずれ日光に葬
るように』と申されたのを聞いたのです」
「しかし、皆の前では『金地院と日光に小堂
を建てよ』と申されたので、どちらに葬れと
は申されていないではないか」
「その時はまだどちらにするか、決めかねて
おられたのではないでしょうか。日光といえ
ば、江戸城の真北にあります。真北の空には
北極星が天上の神として輝いております」
「権現様は天上の神となられるのか」
「そう願っておられるのではないでしょうか。
いや、これは天啓だと思われます」
「そうか。日光は極楽浄土に通づるとも言わ
れておる。これは天啓じゃな。天海、そなた
に一切を任せる」
 十月になると秀忠は、本多正純、藤堂高虎
を日光社殿の竣工奉行に命じ、天海に縄張り
をさせて工事を始めた。
 崇伝は、しばらくして日光改葬のことを知っ
たが、もはや口出しすることはしなかった。
ただ、たまたま江戸城の廊下で出会った東舟
には愚痴をもらした。
「天海め、あ奴はいつまで生きておるのじゃ。
化け物か」
「私が思いますに、あのお方は、この国の者
ではないのではないでしょうか」
「ふむ、そのような噂もあるようじゃな」
「明の儒学の開祖、孔子は、大柄な体格をさ
れていたと聞きます。天海殿も、この国の者
とは思えない大柄な体格。それに陰陽道の知
識は、この国に伝わった書物で学んだものと
は違い、経験から会得したもののように思わ
れます。異常な長生きはもしや孔子から相伝
の術を用いているのか、あるいは末裔かもし
れません」
「どちらにしても、大御所様の遺言まで変え
てしまうとは。なんとしても政務から遠ざけ
ねば」
「それなのです。私は上様が世継ぎのことま
で変えてしまうのではないかと心配なのです」
「それはわしも困る。竹千代様はおとなしく、
人の話をよくお聞きになる。それに比べ、国
松様はやんちゃで、我がままなところがある。
大御所様が決められたとおりに、次期将軍に
は竹千代様になっていただかないと」
「私は上様と天海殿を疎遠にしますので、崇
伝殿は政務におおいに励んでいただきたく、
お願い申し上げます」
「おお、もちろんじゃ。よろしく頼むぞ」
 東舟は、崇伝と別れると秀忠のもとに向かっ
た。
 秀忠の顔は高揚していた。
「東舟、わしの腹は決まった。これから帝に、
天下分け目の決戦を挑むぞ」
「戦にございますか」
「戦というても人は死なん。帝をわしの懐に
取り込むのじゃ」
「では、いよいよ姫様を……」